電子線照射お役立ち情報

阻止能と電子線照射における深度線量分布(透過能力曲線)の関係

投稿日:2022年12月01日最終更新日:2022年12月01日

荷電粒子が物質中を進むと、エネルギーを失います。これを物質側から見ると、入射してくる荷電粒子を止める能力、阻止能(Stopping Power:S)とみなせます。この阻止能が電子線の深さ方向の線量分布(深度線量分布)にどのように影響を及ぼしているかを説明します。

荷電粒子の説明

放射線は電磁波と粒子線に分類できます。
電子線は粒子線の代表で、核崩壊で放出される電子線はβ線と呼ばれますが、加速器で加速された電子は単に電子線と呼ばれます。陽子、ヘリウムイオンなども加速器で作られる粒子線で工業利用されています。
工業利用に使用される電子線が有機材料に対してどのように相互作用を行い、エネルギーを失っていくかを見ていきます。

物質中での荷電粒子のエネルギー吸収

荷電粒子が物質中を微少距離(dx)進むときのエネルギー損失(dE)として、線エネルギー付与(-dE/dx)が定義されます。これを物質側から見ると、入射荷電粒子を止める能力、阻止能(Stopping Power S)とみなせることは冒頭でも記載しました。この阻止能(S)に関してはBetheにより以下の式で表されています。

S=(-dE/dx)=0.3070*Z/A[ln(2m02)/<I>(1-β)-β2](式1)

ここで、Z,Aは物質の平均原子番号と物質の平均原子量、m0とvは電子の静止質量と入射荷電粒子の速度、βはv/c(光速)、<I>は物質の平均エネルギー(イオン化ポテンシャルに近い量)を表しています。
この式から、入射荷電粒子の速度vがある程度小さくなると、Sは大きくなることが予想されます。
なお、電子の場合は相対性理論の補正がなされた式が使用されます。
荷電粒子が物質を通過したとき物質が吸収する線量(吸収線量D)は原理的には以下の式で表されます。

吸収線量 D = 質量阻止能 S‘ × 電子流密度 Q(式2)

質量阻止能S’は阻止能Sを物質の密度で割った値になります。SはBetheの式から分かるように、入射荷電粒子の種類とエネルギー及びターゲットを構成している元素とその組成で決まりますが、ターゲットが高分子のような有機物であれば、同じ種類で同じエネルギーの荷電粒子に対してそれ程依存しません。
これに対して、有機物の阻止能は荷電粒子の種類とエネルギーで大きく変わります。例えばポリエチレンにおける数MeVの電子に対する阻止能は1.77MeV/g/cm2程度ですが、8MeVの陽子に対する阻止能は29.9MeV/g/cm2になり、ヘリウムやアルゴンなどの重イオンに対しては桁が違うほど大きくなります。
S’の単位をMeV*cm2/g、Qの単位をμC/cm2とすると、kGyで表した線量は、以下の式で表されます。

吸収線量 D(kGy) = 質量阻止能 S’(MeV*cm2/g) × 電子流密度 Q(μC/cm2)(式2‘)

電子線の深度線量分布

ここからは電子線の場合に限って話を進めます。電子線の照射条件には、500keVとか2MeVという加速エネルギー、5mAとか10mAとかいう電子ビーム電流が記載されています。加速エネルギーはどの位の透過力があるかを示していると考えて良く、数MeVの電子では加速エネルギーが少々変わっても質量阻止能S‘には影響を与えません。従って、吸収線量に対しては電子流密度Qだけが効くことになります。
電子線照射の場合には図1に示す様な深度線量分布を目にします。

電子線, 深度線量分布
図1.代表的な電子線の深度線量分布

 

なぜ深度線量分布はターゲット表面から少し入った所に極大値が出来るか図を用いて説明します。図2はポリエチレンについて質量阻止能の入射エネルギー依存性を示しています。

ポリエチレン, 質量阻止能, 入射電子, エネルギー依存性
図2.ポリエチレンの質量阻止能と入射電子のエネルギー依存性

 

質量阻止能は1MeV以上10MeV以下程度ではほとんど変わりませんが、加速エネルギーが低くなるに従い質量阻止能は大きな値を示します。これは定性的に次のように説明することができます。加速エネルギーは運動エネルギーであり、電子の速度そのものと言えます。入射電子と媒体(試料)分子の核外電子の相互作用はクーロン力を介した非弾性散乱になるので、加速エネルギーが低いと、標的電子と長い時間相互作用をしますが、加速エネルギーが高くなると光速に近くなり、標的電子との相互作用時間は短く一定になります。
高エネルギー電子が試料中を進んで行くと、クーロン散乱を受けてエネルギーを失って低速になります。このことは、「内部に進んでいくに従い質量阻止能が大きくなり、入射位置の吸収線量にくらべて線量が高くなる」ことを意味しています。さらに進入していくと、クーロン散乱で進行方向が変えられたり途中で止まってしまったりする電子が多くなり、そのため、進行方向の電子の数が減ってしまい線量が減ることになります。以上の理由により、深度線量分布がピークを持つことになります。

まとめ

電子線は1000keVを超えると質量阻止能は小さな値となっていますが、電子が被照射物に入射するとクーロン散乱を受けエネルギーを失い低速になります。低速になるにしたがい、質量阻止能が大きくなり吸収線量が入射時より高くなります。さらに侵入すると電子の数が減るなどして、線量が減ることになり、その結果として深度線量分布はある位置にピークを持つことになります。
被照射物の深さ方向の線量の均一性を考慮すると、線量のピークを過ぎて入射位置の線量と同じくらいになるように、試料の厚さに合う加速エネルギー(加速電圧)を選択することが望ましいことになります。
これは電子線照射装置の試験成績書などに添付されている「透過能力曲線(深度線量分布)」を参考にして、電子線照射を行う製品の厚さと「透過能力曲線」を見ながら加速エネルギー(加速電圧)を選定すれば製品の厚さ方向の線量の均一性を良くすることが出来ることになります。
加速電圧の選定に関しては、ブログ記事「加速電圧と厚み方向への電子線の影響について」を参照下さい。

(寺澤記)


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株式会社NHVコーポレーション EB加工部
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