電子線照射お役立ち情報

電子線照射装置の放射線遮蔽について

投稿日:2022年10月20日最終更新日:2022年10月31日

電子線照射装置を運転することで放射線が生じます。この放射線を装置の外に出さないために、遮蔽は必要不可欠です。そこで今回は、電子線照射装置から発生する放射線とその発生量について、そして発生するX線の遮蔽の方法や減衰の計算について紹介します。

発生する放射線と遮蔽する対象について

電子線照射装置からは大きく分けて2種類の放射線が発生します。まず、電子線そのものが放射線の1種です。そして、その電子線が被照射物質内で吸収される時、エネルギーの一部がX線となって放出されます。これがもう1種の放射線です。
放射線の遮蔽に関しては、電子線そのものはあまり問題になりません。水のような密度1前後の物質でも、300keVの電子線では1mm、5MeVの電子線でもせいぜい40mmもあれば遮蔽できるからです。300keVの電子線であれば空気ですら600mmもあれば遮蔽できます。
それに対しX線は大きな透過(能)力をもちます。レントゲン撮影では100keV前後の装置がよく使用されますが、それですら人の体程度は簡単に透過することが出来ます。また、X線と物質との関わりは複雑で、透過力はX線のエネルギー(eV)や、遮蔽の材質(元素)によっても大きく増減します。ですので、電子線照射装置の遮蔽においてはX線を何でどうやって遮蔽するか、が重要となります。X線の遮蔽ができていれば電子線も自然と遮蔽できているため、通常、電子線の遮蔽を考える必要はありません。

X線の発生量について

X線の発生量については、電子線のエネルギーのうち何%がX線となるかという数値が、照射対象となる物質毎に文献にまとめられています。また、近似的には、過去にWu1)やSegre2)が提唱した簡易式が現在でも使われています。これらの式を現在入手可能な最新の数値であるNIST(アメリカ国立標準技術研究所)のESTARデータベースからの解析値3)と比較したものを図1に示します。300~500keV辺りを境に、高エネルギー側ではWuの式(式1)が、低エネルギー側ではSegreの式(式2)がよく一致します。尚、(式1)がよく一致するのは10MeV程度までであり、それ以上になると(式2)の方がより一致するようになります。

X線の発生量

ω:X線となるエネルギーの割合(制動放射収率, Radiation Yield)
Ee:電子のエネルギー[MeV](=電子線照射装置の加速電圧)
Z:照射対象の原子番号

各近似式・解析値の比較
図1. 各近似式・解析値の比較(Z=26、鉄としている)

 

これらの式を用いると、X線の全エネルギー(W)を簡単に算出することが出来ます。X線の強度には異方性があり、特に高エネルギーでは電子線が向かっていた方向が強くなります。横向き照射などではその考慮が必要となりますが、下向き(地面向き)照射など考慮不要な場合は、等方性としてしまう事で簡易的に概算が可能となります。また、式中の原子番号Zからもわかりますが、原子番号の大きな物質に電子を当てた方が、X線の発生量は多くなります。

X線遮蔽能力の遮蔽材料(元素、原子番号)による差異について

X線の遮蔽能力は、材料やエネルギー(eV)によって大きく異なります。遮蔽能力(その物質を通過する際にどれだけ減衰するか)を表すものは2つあり、厚さ当たりの数値を線減弱係数(記号はμ)と、重さ当たりの数値を質量減弱係数(記号はμ/ρ、線減弱係数と密度で表現され、記号1文字で表されることはまず無い)と呼ばれています。これらの数値データはNISTのWebサイト4)などから取得することが出来ます。

質量減弱係数μ/ρのデータ
図2. 質量減弱係数μ/ρのデータ4)

 

図2より、材料毎に減弱係数が大きく異なるのがわかります。また、X線のエネルギー帯によって、カクカクしながら減少していく部分・材料毎の差がなくなって線が重なっている部分・再度材料毎の差が出てくる部分と、傾向が大きく3種類に分かれているのが見て取れます。傾向が異なる理由は、X線の減衰(物質による吸収)が主に次の3種類の現象に依存しているためです。

1)光電効果:
低エネルギー側で主となっている、X線のエネルギーが物質の電子に吸収され、その電子が飛び出す現象です。「光」という文字が入っているのはX線も光の一種だからです。電子が飛び出すために必要なエネルギーにはしきい値が有るため、しきい値で急激に減衰(吸収)量が変化します。このため、この範囲のグラフはカクカクしています。この現象の起こりやすさは原子番号の5乗に比例となり、材料(元素)毎の差が最も大きく現れる部分となります。また、X線のエネルギーに対しては3.5乗に反比例となるため、エネルギーが上がると急激に起こりにくくなります。

2)コンプトン散乱:
X線が物質の電子と衝突散乱を起こす現象です。X線のエネルギーのいくらかが電子に移ります。この現象の起こりやすさは1原子当たりの電子数に比例するため、原子番号に比例となり、材料(元素)毎の差は急激に縮まります。特に、図2のような密度当たり(≒原子数・電子数当たり)の値になおした質量減弱係数で比較すると、材料(元素)毎の差は無くなります。

3)電子対生成:
X線のエネルギーが、電子2個分の質量エネルギーを超える1.022MeV以上でのみ起こる現象です。X線が物質の原子核近傍の電場との相互作用で消滅し、電子と陽電子が発生します。この現象の起こりやすさは原子番号の2乗に比例し、またエネルギーが高いほど起こりやすくなるので、また材料(元素)毎の差が見えるようになります。

X線遮蔽の計算

前項の係数を用いて、種々のエネルギー(eV)のX線について、遮蔽材料によってどの程度X線を減衰させられるかは、(式3)により算出することが出来ます。

X線遮蔽の計算

D1:遮蔽材料を通過する前のX線量[Gy]
D0:遮蔽材料を通過した後のX線量[Gy]
μ:材料の線減弱係数
t:材料の厚み[cm]
e:ネイピア数(≒2.72)

(この式のe-μtとは、e(ネイピア数、≒2.72)を-μt乗するという意味です。)
先程の線減弱係数(μ)が乗数に使われており、X線を遮蔽する際のμの影響は非常に大きいです。
さて、計算式だけで見れば、とにかくμの大きな(=原子番号の大きな)材料を使用すれば間違い無しに見えますが、実際の遮蔽はそう簡単には行きません。まず、鉛より原子番号の大きな物質は、程度の差こそあれそれ自体が放射性物質です。X線を遮蔽するための壁から、もっと強いX線が出てくるなんて事になりかねません。したがって、鉛より大きな原子番号の物質は、遮蔽材料として不適切です。
他に原子番号が近い(≒遮蔽能力が近い)物質としてタングステンがありますが、それでも鉛に比べて10倍前後の価格となってしまいます。そのため、タングステンシートなどが遮蔽材料としてあるものの、普及はほとんどしていません。
鉛以外によく使われる遮蔽材料としては、鉄とコンクリートが挙げられます。特に、高エネルギー帯(1MeV~)ではコンプトン散乱や電子対生成による減衰が主反応となり、材料による差が小さくなります。そのため、原子番号が小さくとも、安価で大量に扱いやすい材料が有利となり、コンクリートや鉄がよく使用されます。
一方、低エネルギー、特に原子番号の5乗に比例する光電効果が主流となるエネルギー帯では、鉛と鉄とでは必要な厚さに10倍以上の差が付くこともあります。必要厚さが非常に薄く10倍にしても問題無い場合には鉄などが使われる事もありますが、たいていの場合は鉛が遮蔽材料となります。

迷路構造による遮蔽について(散乱と距離による減衰について)

電子線照射装置には照射対象となる材料を通すため、開口部を設けている場合があります。光のイメージだと、線状やシート状のものが通り抜けられる開口部があれば漏れ出てくるように思えますが、X線は漏れてこないのでしょうか。
結論から言うと、X線が何度も反射(散乱)するような迷路状の構造とすることで、開口部に到達するX線は人が居ても安全なレベルにまで十分に減衰させられます。
それが何故かといいますと、前述しているコンプトン散乱が大きく関わっています。同じ光の仲間でも、X線は可視光とは異なり、方向を変えるだけでも大きく減衰します。また、その時に一方向にだけ向くのではなく、ランダムに様々な方向に向きます(ゆえに反射ではなく散乱と呼ばれます)。ですので、X線は迷路構造で経路を何度も折り返すほど散乱により減衰します。そして折り返しを繰り返すと距離減衰(散乱したX線は様々な方向に広がっているため、およそ距離の2乗に反比例し弱まる、薄くなる効果)も大きく効いてきます。元のX線強度と距離にもよりますが3~4回も折り返した構造とすれば人体に問題無いレベルまで減衰させることができます。

さいごに

ここまで、電子線照射装置の放射線遮蔽について、比較的簡単な式にて説明させて頂きました。弊社では、これら簡易式による計算だけでなく、長年蓄積された実測データや解析計算による設計も行っております。お客様の製造ラインに合わせた構造も設計致しますので、電子線照射装置をご検討の際は、ぜひ弊社にご連絡下さい。

(林記)

 

参考文献

1) Wuの式:Wu C.S. :Phys. Rev., 59, 481(1941)
2) Segreの式:Segre E. :原子核と素粒子(上)第2章、吉岡書店(1964)
3) NIST ESTAR:https://physics.nist.gov/PhysRefData/Star/Text/ESTAR.html
4) X-Ray Mass Attenuation Coefficients:https://www.nist.gov/pml/x-ray-mass-attenuation-coefficients

 


[本件に関するお問い合わせ]
株式会社NHVコーポレーション EB加工部
TEL:075-864-8815
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